「投影」にみる小さなヒント

 

 

舌鋒鋭い政治家がいた。

語気荒く、凄まじい勢いで相手を口撃する様は圧巻だった。
ある日、自身の身から出たサビが原因で、あっけなく失脚した。

「あの饒舌ぶりはどこにいったのだ?」と驚くほどに、さっぱり自身の弁明ができていなかった。

そのような政治家が、少なくとも2人、記憶に新しい。

 

同僚が不倫をしているという噂を聞きつけて、目を吊り上げて非難する男性がいた。

他人の恋愛ごと、ましてや不倫なんて全く興味がない私からすると、他人事にあそこまで憤慨するなんて、大変厳格な人なんだなと感心するほどだった。

ある日、その男性がパートナー以外の女性と特別に親密な様子で歩いている場面に遭遇して、とても驚いた。

 

特定の部下をターゲットに定めて、執拗に攻撃する上司を見てきた。

あるいは、ターゲットとされている患者さんから相談を受けることも少なくない。

ターゲットにされているのは、高い確率で反抗しないタイプの人だ。

また、そうした上司らにはほぼ共通して、大人しく、絶対に言い返すことができなかった部下としての過去がある。

 

相手の中に自分の弱点、欠点を見出すことを、心理学的に投影と言います。

自分の弱点(欠点)を誰よりもわかっているのは自分ですので、その批判も的確、時に執拗になります。

剣道が得意な友人から、「面が得意」と言われている対戦相手に、面を打ってみると意外とよく決まるということを教えてもらいました。

自分の弱点を攻撃することは、最も効果があることとも言えます。

 

 

 

先の3つの例について、すべて投影だとは言いすぎかもしれませんが、「投影かもしれない」と考えると、少し見え方が変わってこないでしょうか。

特に、患者さんから相談の多い「意地の悪い上司」については、投影の観点からも一緒に考えるようにしています。

部下の改善を目指す指導としてなのか、攻撃している本人の弱点を部下に見出しているのか。

後者であれば、「胸を張って、明日も仕事に行っていいのです」とお伝えしています。

 

私自身の投影として例をあげれば、子どもの叱り方です。

子どもを叱るその理由は、純粋にその子の悪いところを直したいという思いにあるのか、自身の中の悪いところを子どもに見ているからなのか。

後者だと気付いたら、「自分もなんとかここまで生きてきたんだし」と、ある程度は許容するように意識してきました。

 

自分が誰かに投影されていないか、あるいは自分を他人に投影していないか。

誰かと向き合う際に、投影について少し考える余地を持っておくことは、決して邪魔にならないヒントになると考えています。