バス友たちに思いを馳せて

 

もう何十年ぶりでしょうか  

マイカー通勤からバス通勤となりました。高校生時代のバス通学以来です。

 

最近のバスの中の光景は、私をとてもさみしい気持ちにさせることがあります。

ご高齢の方や子ども連れのお母さんの姿に気づくことなく、目はスマートホンの画面に釘づけ。耳には音楽を聴くためのコードがぶら下がっています。

 

遠い昔のことではありますが、私には誰かに話したくなるような、楽しく貴重な高校時代のバス通学の思い出があります。

 

当時、私は1時間半程の遠距離通学をしていました。

早朝始発バスに毎日乗る顔ぶれは、ほとんど決まっておりました。

端島(軍艦島)が閉山になって、再就職を目的に職業訓練所に通っていたおじさん2人。

(高校生の私にとってはおじさんでした。)

高島鉱山が閉山になって訓練所に通っていたおじさん。

戸町・小菅・浪の平の造船所で働いていたおじさんたち。

高島から転校して来た友人。

彼らが「バス友」のレギュラーメンバーでした。


 

定期テスト期間中、端島からのおじさんたちは「勉強せんね」と席をゆずってくださいました。

彼らは「いくつになっても再出発できるようになりたか」と訓練所の研修に励んでおられました。

 

道中、バス友たちはいつも笑顔。

一方、当時高校生だった私には、炭鉱が閉山となり、新しい仕事に就いたり、生活を始めるご苦労など何もわかっていませんでした。

目的地も暮らしも立場もちがうバス友たちでしたが、同じ景色を見つめながら、毎朝のひと時を過ごしていました。

その車内にはいつも温かい空気が流れていたことを、私は今もくっきりと思い出すことができます。

 

この夏、県内で世界遺産に登録されたのは、小さい頃から聞き慣れた身近に感じる場所ばかり。

「懐かしいバス友たちの中に、そこで汗を流して働いていた人もいたんだよ」

そんなことを思いながら、今日も私は満員バスに揺られています。