鮮烈な「沈黙」の映画のあとで

 

2月、映画「沈黙」を見てきました。長崎にゆかりの深い作家・遠藤周作の小説が、海外の監督によって映画化された作品です。鑑賞後の余韻が消えないため、この場に自分の思いとともに書き出してみることにしました。以下、ネタバレ大いにありますので、ご注意ください!

 

2人の神父が、先に日本に布教に来ていた神父の行方を捜すため、命がけで長崎にたどり着き、キリスト教を信仰している人たちと出会い、関わり合う中で生じる強い葛藤が、約3時間にわたり描かれています。時代は江戸。日本が鎖国によって閉じられていた頃です。時の幕府は異国からの宗教;キリスト教を日本から排除しようと、キリスト教徒を弾圧します。しかし、信仰心の強い信者は何があろうとも信仰を捨てません。水攻めの刑、火あぶりの刑、逆さつりの刑…。数日間にわたってじわじわと苦しめられます。本当につらい場面の連続で、目をおおいたくなるほど。信者たちは最後まで信仰を貫きとおし、亡くなっていきました。

 

 

 

その時代には、便利な交通の手段もなく、職業の選択、信仰の自由もありません。生まれた地から出ることなく、貧しさの中で一生を送るしかない。定められた運命に従うのみの人生には、とてつもない閉塞感、絶望感があったと想像します。

 

そのような中で、たとえ幕府に背く形であってもキリストの教えを信じることは、人々が唯一自分で選びとることができた希望そのものであったのではないでしょうか。あるいは、神に祈ることで絶望からの救いを求めていたのではないかと思います。しかし、信者には迫害や拷問という試練が次々に与えられます。特に踏み絵の場面では、観ている私の体中がひりひりとする程、強く感じるものがありました。とてつもなく厳しい試練が信者らに強いられているのに、彼らの神は沈黙を貫いています。沈黙の中、神もまた痛みを分かち合い、苦しんでいたのか。真理を追い求め、強く潔くあり続けた信者と神父の姿は、鮮烈な印象を私に残しました。

 

すっかり映画の世界に引き込まれた後、戻ってきたふつうの暮らし。迷うほどの選択が可能で、たとえ小さな落ち込みはあっても、明るく前を向くことができている今。彼らほどの強い信念や葛藤はないかもしれないですが、この時代の日々を生きることもまた、とても尊いことなのだと気づき、柔らかな感謝の気持ちで満たされました。


今年はきっと「おふくろ」の味。



年が明けてあっという間に2月。先月の今頃は、まだ食べ過ぎのおなかをさすっていたのに、早いものです。

今から約40年前の年の暮れ。私の母は、たくさんの親戚をお正月に迎えるために、せっせと「おごちそう」を準備していました。寒天、ようかん、黒豆など手のかかるものは早くから取りかかり、お煮しめの具材は一つずつていねいに味付けし、幼い私を連れて築町市場に出かけ、カニ、サザエ、なまこ、くじら、お刺身をどっさり買い込んで…。そして元旦を迎えた朝、母は真っ白の割烹着姿で台所に立ち、やってくる親戚たちに完璧に準備したおせち料理をふるまうべく、忙しく動き回っていました。
その料理の美味しさと言ったら!親戚ひとり一人の好みに合わせた料理でもてなす母は、「姉さん!姉さん!」とたいへん頼りにされていました。



思い返すと、できあいのものもないような昔、すべてを手作りし、大勢の親戚を迎えて、準備から後片付けまで本当にたいへんだったと思います。忙しそうにしながらも母は、「みんながおいしく、たくさん食べてくれることが一番うれしい。」と笑顔だったことをよく覚えています。

そんな母の背中を見ながら育ったはずの私ですが、おせち料理はおろか普段の食事も「手抜き」状態。なんとか毎日のお弁当だけは作っていますが…。

今は、コンビニで買ったものも十分おいしく、手間ひまかけずとも食事ができてしまう世の中です。この便利さにすっかり甘えた状態で年を重ねて行く自分と割烹着姿の母を比べて、ふと情けない気持ちが生まれました。日々の忙しさに飲まれて、我が子に自慢の「おふくろの味」を伝えられていないのは、やはり申し訳ない。今年は、一つでも自慢できる得意料理をつくって、「これがおふくろの味!」と子どもたちの記憶に残していけるよう、こつこつやっていきます。母のことを思い起こしてみて、舌に残る記憶の確かさに気づかされた2015年の幕開けでした。
 

アナログ世代とデジタル世代<親と子どもの珍道中>

 

 2月下旬、わが子の大学受験でとある地方都市に行ってきました。20数年来、長崎から外に出たことのない私。ましてやJR(新幹線)の乗継2回とハードルは高く、あー、果たして目的地まで行けるのか・・・と、とても不安でした。同僚に改札の通り方を詳しく教えてもらい、頭の中でシミュレーションをして出発しました。

 

 

 博多駅での新幹線乗り換えが一番大変でした。いよいよ私の番と思いきや、3枚の切符のうち1枚が足りず、あわててそこら中を探しましたが見つかりません。もう一度バッグを探したら、ポケットの奥深くにさまようような状態で切符を発見し、一安心しました。その間かかったのが5分以上だったためか、改札の向こう側で冷やかに、そして他人のふりをしている我が子。「あー、くやしいー。このデジタルの時代いまだに切符は紙なの」と思いながら、何とか新幹線を乗り継ぎ、目的地まで到着しました。

 

 


 

 駅から宿まで1キロ程度だったので、歩いて行くことになりました。私は詳しく書いてある大きな地図を片手に、わが子はスマホを片手に、あっちだ、こっちだと言いあいながら目的地のすぐ近くまで来ました、が、そこからが大変いりくんでいてわかりにくく、私が歩いている人をみつけ尋ねたら、わが子に一喝されました。

「なんですぐに人にきくの。おもしろくない。」

「わからんことはきいたらよかやかね、そん方が早かやかね、なんでそんがんいうと。」

「すぐに人に聞こうとする、自分で考えんね、自分でさがすほうがたのしかやかね。すぐわかるとはおもしろうなか」

と、なんだか不機嫌なようすでした。

間違っても、時間がかかっても、その過程(経過)を楽しもうとするわが子。一方自分で考えるという手順をふまず、すぐに答えを出そうとする私の行動に腹を立てたのでしょうか?

 

 

私たちの世代は、わからないことはひとに聞きなさいと親に言われて育ってきましたが、今の世の中、情報はすぐに手に入り、人を介さずとも問題は解決します。しかし、機器ばかりを頼り人間同士の会話がなくなるのもどうかなと、ちょっと考えさせられた場面でした。

 

さて受験の結果についてですが…、想像におまかせします。


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